今のApple Watch最大の問題点は「両手を使わせすぎ」なことだと思います。つまり、「指で時計の画面やボタンなどを操作する」というスマートフォンのような使い方に依存しすぎているところが大きな問題です。もっともこれはApple Watchに限らず今のスマートウォッチ(以下ウォッチ)全てが持つ課題だと言えます。
そもそも手首につけるデバイスというのはありなのか?という点については、腕時計が普及した実績があるので全く問題ないと思います。最近腕時計をしない人が多いことについては、手首というスペースを奪い合う敵が減っていると考えればむしろ追い風です。
しかし、腕時計は手でいじくり回して使うものではありません。また、スマートフォンやガラケーは片手で操作できるデバイスであり、操作に両手を必要とするウォッチはこの点で劣っています。例えばハンバーガーをかじりながらデバイスを操作しようと思った時、スマートフォンは問題なくできますが、ウォッチでは無理です。ウォッチがスマートフォンを置き換えるデバイスにはなることはおそらくないでしょう。
ではウォッチは役立たずなのか?というと全くそんなことはないと思います。スマートフォンというデバイスがあまりにも成功したため、現状のウォッチはスマートフォンの延長線上で考えられている部分が多く、まだデバイスの形状に合った使い方について十分に考えられていないと個人的には感じています。ウェアラブルデバイスであるウォッチのあるべき姿は、スマートフォンとはまったく異なるのではないでしょうか。
パソコンからスマートフォンへの進化について考えてみることが、スマートフォンからウォッチへの進化を考える上で参考になると思います。スマートフォンはパソコンよりだいぶシンプルになっており、サイズも処理能力もさらに小さいウォッチはもっとシンプルになると考えていいでしょう。
パソコンではウィンドウをいくつも開くのが当たり前でしたが、スマートフォンではウィンドウという概念がなくなり、画面にひとつのアプリしか表示しないシンプルな仕組みになりました。ウォッチでは画面はさらに小さく、操作もしにくくなりますが、スマートフォンのようにアプリを起動して操作する方式は適しているでしょうか?
先日Apple Watchの実物を見た時、最初からたくさんのアプリが入っていたので、どれから試してみようか迷ってしまいました。考えてみるとこれは非常にアップルらしくないやり方で、いつものアップルのやり方であれば少数の選び抜いたアプリだけを入れてリリースしていたと思います。これはアップルがキラーアプリを生み出せなかったことの表れではないかと僕は感じました。その原因は、iPhoneの信じ難いほどの成功体験に縛られ、ウォッチという全く性質の異なるデバイスでもスマートフォン的な発想から脱却できなかったことかも知れません。
以上を踏まえてウォッチの進化の方向性を考えてみますと、
- アプリを手動で起動して何かをするという使われ方は少なくなる
- 時計盤と振動機能が高機能化する(出力の進化)
- タッチパネルよりもセンサーが自動的に集める情報が主体となる(入力の進化)
というのが僕の現時点での予想です。
1. アプリを手動で起動して何かをするという使われ方は少なくなる
スマートフォンのようにたくさんのアプリが並んでいる中から目的のアプリを探して起動し、そのアプリを画面のタッチによって操作する、というやり方はウォッチに明らかに適さないと思います。アプリの起動方法に関する何らかのブレイクスルーが必要となるか、もしくはスマートフォン的なアプリというソフトウェアの形態そのものがウォッチには向いていないのかも知れません。
2. 時計盤と振動機能が高機能化する(出力の進化)
腕時計は時計盤をたまに見るという使い方に適した形状をしており、ウォッチも当然同じような使い方が向いていると思います。AndroidのウォッチであるAndroid Wearでは、昨年末から時計盤の作成が公式に解放され、さまざまな見た目の時計盤が一般の開発者により公開されています。しかし現在のところ、ウォッチの時計盤は見た目を変えるための壁紙のようなものとして認識されており、機能の点で工夫しているものは非常に少ない状態です。
ウォッチの時計盤はいつでも瞬時に見ることができる画面であり、コンピュータデバイス史上最高のアクセシビリティ(利用しやすさ)を備えています。この時計盤をいかに活用するかがウォッチの存在意義を大きく左右すると思います。今後、この時計盤を効果的に活用する仕組みを作ったOSがウォッチ市場に置いて有利に戦いを進めていくのではないでしょうか(あるいはサードパーティがプラットフォーム的な時計盤を作るということもあり得るかも知れません)。
また、ウォッチの出力においてもう一つの鍵になるのは振動機能だと思います。スマートフォンの振動と比べると、腕に身に着けるデバイスであるウォッチの振動はかなり強力です。通知の際にスマートフォンよりも効果的なのはもちろんですが、ゲームコントローラーの振動のような体感効果もあります。
※宣伝※ ここまで書いたような考えに基づき、弊社ではWatch Face Questというゲームを開発しております。 これは時計の機能を持つゲームで、時計盤(ウォッチフェイス)をゲーム画面として使用するものです。振動機能も効果的に使用しています。詳しくはこちらの記事をご覧下さい。今のAndroid Wearの振動機能は、スマートフォンの振動機能をそのまま腕につけただけという感じですが、Apple Watchは振動をもっときめ細かく制御できるようになっており、非常に高い表現力が期待できます。この点はApple Watchの楽しみなところです。
3. タッチパネルよりもセンサーが自動的に集める情報が主体となる(入力の進化)
センサーはウォッチに限らずウェアラブルデバイス全般において入力の主体となると思いますが、今の時点では実際どういう使われ方をするのか正直よくわかりません。Apple Watchのセンサーは他のウォッチよりもかなり高機能なので、Apple Watchのアプリは様々な新しい使い方を編み出していくことでしょう。OSレベルでもアプリの起動などにうまく活用する方法があるかも知れません。ゲームでも昔からある歩数や位置情報の活用はもちろん、新しい遊びも生まれていくと思います。
第三勢力Pebble社の「Pebble Time」リリースと、今後のウォッチ業界の見通し
100万台以上の販売実績を持つPebble来月にはPebble社の「Pebble Time」も出荷開始されます。Pebble社は日本では無名ですが、独自OS・ハードウェアのウォッチ「Pebble」を100万台以上販売した実績があり、現時点では世界一のウォッチメーカーであると言えます。AppleやGoogleと新興のPebble社が戦うのは難しいことではありますが、パソコンの時代の覇者であったMicrosoftも、スマートフォンの時代には小型のWindowsのような発想から脱却できずに敗北したという歴史があり、前世代の束縛がないというPebbleの優位性は過小評価されているかも知れません(昔、Windows mobile端末からiPhone3GSに乗り換えた時はiPhoneの驚異的な使いやすさに衝撃を受けたことを思い出します)。
Apple Watchの値段の高さは、Appleがイノベーションのジレンマに直面していることの表れかも知れません。1〜2年で買い替えるのが当たり前のデジタル製品であるウォッチが、スマートフォンのような割賦販売もなしで、Apple Watchのような価格帯でどれだけ売れるかは全く未知数です。一方、Pebbleの価格は約1万円で、新しいPebble Timeも2〜3万円程度になると思います。広く普及させるためにはこのあたりが現実的な価格設定ではないかという気もします。しかし、アクセサリー的な性質も要求されるウォッチにとって見た目やブランドイメージは重要であり、この点でAppleとPebbleの差は大きいと言えます。
まだ有力な対抗勢力が参入してくる可能性も十分にあり(例えばMicrosoftなど)、混沌としているウォッチ業界ですが、Pebble TimeとApple Watchが本格的に出回り始める来月には、かなり業界の未来が見えてくるのではないしょうか。